夫のフライトが頭にあるせいで、
15日は朝5時ごろに目が覚めた。
ラインを入れると「これから出る」とのこと。
明日は自分もこの時間にはチェックアウトしないとな。
疲れと暑さと冷房にやられたのか
朝は食欲がないので長男に頼んで
パパイヤミルクをのんでゆっくりして、
10時半過ぎにおばあちゃんのお見舞いへ行く。
おばあちゃんは午前中なのにウトウトしている。
昨夜もあまり眠れなかったのだろうな。
しばらくして次男も合流し、
おばあちゃんの目が覚めた。
おばあちゃんとインドネシア人の介護士さんと、
我々3人が中国語(北京語)で意思疎通を図る。
5人いてひとりもネイティブの
北京語スピーカーがいない・・・汗。
お昼近くになったので病院を後にして、
そごうの復興館の地下に食事にいくことに。
私はルーロー飯とピーナツ入り豆花を頼む。
豆花がでっかいどんぶりでびっくり。
お兄ちゃんは店員さんに騙されて(?)
タイのエビ焼きそば、激辛すっぱい!
弟は400元も出してラーメンと唐揚げ定食。
高すぎるぞ!!(日本円1300円超え)
そごう復興館の地下のお土産売り場は
昔から売り込みのしつこさから評判が悪い。
今年も相変わらずしつこかったです~。
でもここでしか見たことないお菓子があるのです。
ドライフルーツの棗にマカダミアナッツを挟んだ
ちょっと説明しにくいものなのですが・・・。
そのあと次男がお財布を買い、
ホテルまでの道のりの途中の頂好スーパーで
安いお土産(瓜子とか)少しと、
黒松沙士とリンゴサイダー買って一旦ホテルへ。
私はもう歩き疲れてしまったので昼寝、
子供たちは再度台北駅地下街へお出かけ。
夕方、おばあちゃんの今回訪問最後のお見舞いへ。
明日帰りますよと報告。
「なんでみんな一緒に帰らないの?」
おばあちゃんは不思議がってました(そりゃそーだ)
どの程度まで回復できるだろうか・・・。
90歳なのです。
さて最終日の夕飯は私の独断で、
病院の場所もあってMRTで東門へ行って、
永康牛肉麺を食べてみることに。
ここはかなりの有名店とのこと。
評判通り行列でしたが、地元民ではなさそう。
通りがかりのタクシー運転手が「高いぞ!」
確かに一杯250元は台湾では破格ですが、
すね肉とはいえ牛肉はどっさりです。
辛さもちょうどいいし、お肉はおいしくて、
麺もいい感じで、高くて美味しい麺でした。
夫に「ずるい~俺も行きたかった」って
言われちゃいました、ごめんよ~~~。
12日に行ったサンメリーでパイナップルケーキを
買い足してそのまま次男の下宿先の永春へ。
次男は荷物をまとめ、
おじさん夫婦に鍵を返そうとしたがおじさん夫婦不在!
次男は夫の陰謀でひとり桃園空港から
朝6時半発のLCCなので、
15日夜のうちに空港入りして
そこで一晩明かすのだ。
しばらく待って帰ってきたおじさん夫婦に
挨拶をして鍵を返して一旦3人でホテルへ。
9時過ぎに次男は空港へ向かい、
私と長男は明日に備えて就寝です。
台湾の日本語チャンネルは
3年A組がやってましたね~・・・余談。
15日は11,639歩、歩きましたとさ。
あ~足が痛い、特に右のすね前方。
16日早朝は寝坊しないか心配だったけど、
ばっちり目覚ましが鳴る数分前に目が覚める。
さすがに4時台はまだまっくらだね~。
車もほとんど走ってないし~。
身支度して荷物まとめて忘れ物ないか確認して
チェックアウトしてタクシー・・・。来ないね。
大きい交差点の信号が何度目か変わった後
タクシーを発見、ほっ!
珍しくベンツのタクシーでした、わお。
松山空港まで200元足らず(700円足らず)。
夫の実家は便利だなぁ~。
おばあちゃんが元気でいてくれないと困るなぁ。
で、空港でおなかのすいた長男が
水餃子を食べ、私は魚団子のスープを飲み、
次男と違いエバー航空でほぼ定刻、
台湾の地を離れたのでありました。
帰りは「スマホを落としただけなのに」
割と面白かったですね~。
飛行機で飛んでいるときは気圧のせいで
塩味を感じにくいというけれど、
今回久しぶりの飛行機、確かに食事の塩味が
薄く感じて美味しくなかった。
甘いものは美味しいのに。
ファーストクラスの食事だと美味しいのかな?
羽田で長男とはお別れ、名残を惜しんで
空港の出発ロビーでソフトクリーム食べて解散。
長男は京急、私はモノレールなのです。
長旅の疲れは鈍行列車のグリーン車で快適に。
バスを乗り継ぎ、タクシーを使って
充実しすぎた長旅が終了したのでした。
この日はさすがに4,871歩。
座りっぱなしで足がだる痛い。